ガザからのメール 3/3(2009年)

2009年1月4日昨日は人生で最も恐ろしい日だったと思う。母は、1967年のときより怖かったといっていた。戦争はそれほどはひどくない。電気が使えないこと、水がほとんどないこと、凍りつく寒さ、そして最も恐ろしいのは、生活の戦争のオーケストラを伴う寒さである。 陸上の侵攻による戦車での爆撃、F16の空爆、昼も夜も繰り返しつづく轟音。それは耳元で蜂がぶんぶんいっているかのような鬱陶しい音なのだ。それ…

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ガザからのメール 2/3(2009年)

母は、イスラエルがアスダア・メディア・シティを爆撃したと言った。ここは、ハンユニスの端に位置する、旧イスラエル入植地に新しくできた娯楽エリアだ。5歳の甥アルスラン(Arslan)はとてもおびえていた。他の子供同様アルスランは、この場所が気に入っている。なぜなら、釣堀、小さな動物園、小さな遊び場、レストランがあるからだ。彼は激しく泣いた。私は彼に何の約束もしてあげることができない。「もっと美しいほ…

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ガザからのメール 1/3(2009年)

2008年末から、パレスチナのガザ地区はイスラエル軍に激しく攻撃されつづけました。南部最大の都市ハンユニスに住む、NGOスタッフの女性マジダ・エルサッカさんと何度かメールのやりとりをしていたところ、2009年1月9日に、彼女からPDFで手記が届きました。幼い甥っ子とかわした会話が中心です。本人に公表の許可を得て、『北海道新聞』夕刊で、2009年1月19日~21日と3回にわたってこの手記の翻訳を掲…

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