どこから来るの?イギリスのコメ(1994年)

 戦後最悪の凶作によるコメの緊急輸入、ウルグアイ・ラウンド(ガットの新多角化的貿易交渉)での95年からのコメ市場部分開放の受け入れなど、今、日本のコメ市場は大きく揺れている。日本のコメ作況指数は、93年10月段階で全国平均75。緊急輸入の必要量は200万トンにのぼるといわれている。すでに米国、中国、タイ、オーストラリアなどからコメが届き、2月からは主食用の輸入米が販売開始されている。輸入米は、ブレンド比率と原産国を表示し、国産の標準価格米とブレンドして売られている。日本に住む日本人は国産のコメ以外を食べる機会が少ないため、不安や戸惑いを隠しきれない様子。今回の騒ぎは、日本人のコメへのこだわりを象徴しているともいえる。

 英国に住む日本人にとっても、コメは日本の味、主食として絶対欠かせない食品。日本産は無理でも、できるだけ日本のコメに近い、おいしいコメを食べたいというのが、在英日本人の願いである。

 現在、英国の日本食料品店に並ぶ外国産主食米は10銘柄ほど。スペイン産の1銘柄を除いて、あとはすべて米国産だ。そのほとんどの生産地はカリフォルニア州、いわゆるカリフォルニア米である。米国では20近い銘柄が販売されている。基本的には同じ品種から生まれたコメであるため、それぞれのブランドの味や品質はあまり大差がないという。しかし、微妙な違いがあり、それが各ブランドの特徴になっている。英国への輸入銘柄が増えたのはここ数年。英国の買い付け業者が米国の精米工場と契約を結び、輸入・販売を行っている。選択範囲が広がったのは、消費者としてうれしいところだ。

 英国での分類法によると、コメは3つの種類に分けられる。長粒種(ロング・グレイン)、中粒種(ミディアム・グレイン)、短粒種(ショート・グレイン)で、日本産のコメは短粒種、米国産のカリフォルニア米は中粒種に分類される。カリフォルニア米のなかでも、上ランクのF1と標準米のカルローズに分けられる。米国で販売されているコメはF1というカリフォルニア米のなかでも質の高いもの。ちなみに、米国のスーパーで見かける、日本産に似たプディングライスは、短粒種である。

 英国に住む日本人家庭のコメ事情はどうなっているのだろう? 日本人家庭の台所を少しのぞかせてもらった。アンケートにお答えいただいたのは、駐在員夫人100人。

 予想通り、ほとんどの家庭が毎日ご飯を食べており、コメが大きなウエイトを占めていることがわかった。しかし、コメへのこだわりは、日本に住んでいるときに比べて少ない。ブランドを決めている家庭よりも、いろいろな銘柄を試している人のほうが多かった。コメを選ぶ基準は、味より価格といえるようだ。
 日本産のコメに慣れ親しんでいた人々が、初めて外国産のコメを食べてみたら? 外国産のコメを食べた感想を聞いたところ、「意外とおいしい」40%、「味はあまり変わらない」33%、「炊きたてなら同じ」12%という結果がでた。約8割の人が、日本産にはかなわないが、外国で生活するうえで、現在食べているコメでも不満はない、と思っているようだ。また、在英期間が長くなればなるほど、味の差は感じなくなっていくようである。なかには、「日本の就農者が、外国産米の味の良さに驚いて帰っていった」と答えた主婦もあった。日本人向けに生産されるコメは、品種改良など研究が進み、10数年前に比べ、より日本産に近いものへと品質が向上している。とはいっても、“ふっくらツヤのある”“冷めてもおいしい”外国産米はまだ少ない。特にカリフォルニア米は、「保温したときに黄色く変色し、臭う」「かたい」と答えた人が多かった。

 外国産米をおいしく炊くコツはあるのだろうか。アンケートの回答によると、「日本と同じ炊き方」をしている人が約30%。そこで、実際にコメを取り扱っている業者に外国産米の炊き方を聞いてみた。カリフォルニア米は普通に炊くとパサパサした感じになってしまうので、炊く前に少し長めに水につけ、十分水を吸わせる。炊くときの水加減も多めにするのがポイント。スペイン産米は、反対に水を少なめにすると上手に炊けるという。「臭いや残留農薬をとるためによくとく」との回答もあったが、これはあまり意味がないらしい。残留農薬に関しては後ほど触れるが、精算時に使用された農薬は水で洗っても落ちるものではないという。

 また、日本は軟水だが、英国の水は硬水ということで、使用する水に気を使っている家庭も多いようだ。「ミネラルウォーターでご飯を炊いている家庭」が30%もあった。「ボルヴィック(軟水)」とブランドを指定した人も数名。浄水器に通した水を使用している家庭も約30%にのぼっている。

 最後に、外国産に対する希望、意見を聞いてみた。英国でコメを購入する場合、日本に比べてコメの価格が安くて助かるという人が多かった。しかし、今回の日本へのコメの輸入は、米国内でコメの価格上昇を引き起こしている。輸入前と比較して50%前後値段が上がりはじめ、それに伴い、英国に輸入されるコメの価格も上がるため、今後は英国内でのコメの値上げは避けられないと予想されている。さらに、EC諸国への農産物輸入に関しては関税が高いため、米国でのコメ価格に比べるとかなり割高になっているという。

 最も多かったのは残留農薬への不安。日本でも問題になっているだけに、かなりの人が心配しているようだ。コメの袋には農薬や収穫年に関する表示がされていないため、事実を突き止めるのは難しい。収穫年に関して業者に聞いたところ、新米が出回る前には小売店から古米を引き上げるため、店頭に並ぶのはその年に収穫されたコメだという。輸入量が多くないため、大量に余るということはないらしい。生産地でもコメを長期保管しているとは考え難い、というのが、業者の見解だ。残留農薬の問題については、米国の精米工場では、「農薬は日本の基準を超えたものではない」と話している。今回の米国から日本への輸入米に関しても、現在のところ検出された農薬は60数項目中1つという結果だった。今後ははっきりした安全表示が望まれる。

米国発-広大な耕地でのコメ作り

 米国のコメの産地として有名なのがカリフォルニア州。サンフランシスコから東へ100㎞ほど入ったサクラメント周辺で日本人向けのコメが多く生産されている。この辺りはサクラメント川の流れる水の豊富な地域。冬も比較的暖かい温暖な気候のもと、カリフォルニア米が育てられているのだ。英国で販売されている「錦」「国宝ローズ」「白菊」「マルユー」「田牧」などは、この周辺で生産されている。また、クリントン大統領の出身地で知られる中南部アーカンソー州でもコメの生産が行われている。アーカンソー川が流れるこの地域では、「コシヒカリ」が作られている。

 以前はカリフォルニアで生産されるコメは陸稲米がほとんどだったが、最近では水稲米が多くなってきている。広大な耕地を有するカリフォルニアでの生産方法は、飛行機で種や肥料を撒くというもの。収穫されたコメは精米工場に集められ、精米、袋詰めされる。精米工場ごとにブランドを持ち、コメを出荷している。

 米国の稲作では日本の農機が多く使用されているという。特に精米機は長粒種用のものではきれいに精米されないため、日本製が導入されている。昨年、アーカンソー産「コシヒカリ」は長粒種用精米機で精米されたが、今年は短粒種用精米機に変わった。農機だけでなく、気候、土壌の違いなどから、日本人が満足するカリフォルニア米が誕生するまでにはかなりの努力が必要とされる。たとえば「錦」の場合、商品化するまでに2年の試作期間がかかり、さらに年々品質が低下しないための品種改良などの研究が毎年行われている。

 英国への輸入にかかる日数は約1か月。サンフランシスコ近くのオークランド港からパナマ運河を通り、大西洋を横断してサウサンプトン港など英国の港に運ばれる。米国からの輸入には、高額な関税がかけられ、これが英国内でのコメの小売価格の上昇につながっている。レビ(Levy)といわれるこの関税は、コメの場合1トンごとに課せられ、率にすると輸入価格の約100%。つまり、英国での市場価格は米国でのそれの2倍になってしまうということだ。

スペイン発-現地農家と日本式コメ作り

 地中海に面したバルセロナより200㎞南に下ったカタルーニャ州タラゴナ県サンハイメ村は、スペインでも有数の米作地帯。ここで生産されているのが「みのり」である。スペインでのコメ生産プロジェクトは、ヨーロッパに住む日本人に、ヨーロッパ産のおいしいコメを食べてもらおうと、大倉商事(注:1998年倒産)が1988年に開始した。

 このプロジェクトの最初の仕事は、気候、土壌などさまざまな点で、日本産に近いコメの生産に適した農地を探すことだったという。日本から稲作技術員を招き、やっと見つけ出したのがエブロ川が流れるタラゴナ地方だった。この川は、ピレネー山脈に水源をもち、そのまま飲めるといわれているほど良質な水質を誇っている。場所が決定したら、次は日本とほぼ同じ水田を作るための土地づくり。そして日本のコメを再現するための品種改良など、商品化までにはかなりの年月がかけられている。

 当時、タラゴナ地方の農家はすでに独自の稲作技術でコメを生産しており、その彼らに日本式稲作技術を受け入れてもらうのは、容易なことではなかったようだ。現地の人々とともに生活し、技術指導を繰り返しながら、お互いに理解を深めるといった苦労もあったそうだ。

 「みのり」が焦点に並び始めたのは1991年からである。現在では、地元スペインはもちろん、全ヨーロッパの主要都市で販売されている。93年の収穫高は650トン。そのうち250トンが英国に輸入されているという。収穫されたコメは精米、袋詰めされ、トラックでフランスを縦断、ドーバー海峡を渡って英国に到着する。注文を受けてから到着するまでにかかる日数は約2週間。

 英国内で商品化されて3年ということもあり、模索状態であることも確か。以前はスペイン産米用の精米機を使用していたため、黒い石が混じるなどのトラブルもあった。精米技術の向上をめざし、93年からは日本製の精米機を導入したという。

 このコメのセールスポイントのひとつが、低農薬の自然食品に近いコメであるということ。さまざまな弊害を農薬の力で解決することよりも、健康に良いものを供給することに重点を置いている。生産量を増やすことのできない理由も、この低農薬へのこだわりと関係があるそうだ。

 中粒種が中心の米国産と違い、スペイン産のこのコメは短粒種。日本産米の種類と同じである。適度な粘りをもち、日本産とほとんど変わらない炊きあがり。覚めてもおいしく食べられるのが特徴だ。白飯はもちろん、寿司米としても適している。
 春に田植え、秋に収穫と、日本の稲作とほぼおなじシステムで作られているため、新米が出回るのは10月ごろ。輸入量が多くないため、新米が出る前に売れ切れてしまうことが多いとか。今のところ、小売店での販売が主流である。

気になるコメの残留農薬

 コメの輸入にあたり、消費者が最も不安を抱いているのは、残留農薬などの安全性である。日本では、食品に関する残留農薬に関して、厚生省が農産物ごとに残留農薬基準を設定している。人体に作用を及ばさない農薬摂取量に安全係数(通例は1/100)を掛け、人が農薬を摂取しつづけても安全性に問題のない量、1日摂取許容量(ADI)を求め、これに国際機関や諸外国の基準を参考に設定される。さらに、国民の食生活パターンからも試算されるため、コメの消費量の多い日本は、コメの消費量も十分考慮して基準値が設定されている。現在、基準値がもうけられている農薬は51種類で、その他の農薬については、安全性にかかわる資料等を収集し、残留農薬基準の設定に努めている。

 今回、コメを日本へ輸入するにあたって、日本では3段階のチェックが実施されている。まず、買い付け時に十分な検査を行うよう業者に指導、港から運送される辞典でサンプルを日本へ空輸で送り、到着時に200麻袋以上からサンプルを採取し、最終検査を行う。昨年の不作対策として、これまで(94年1月現在)に米国からは2回コメの輸入が実施された。今回の輸入米に対しては、60種類以上もの農薬検査が実施されたが、検出されたのは臭素のみで、その残留量も基準値をはるかに下回った。

 これらのコメはあくまでも突如輸入が決まったものであり、日本の残留農薬基準を意識して特別に生産されたものとは考えがたい。「米国産のコメ=農薬漬け」と決めつけるべきではないだろう。

 英国では輸入時の農薬等の検査はほとんど行われていないが、食品の安全面に関しては業者にライセンスを与え、責任をもって注意するよう指導している。

『ジャーニー』 1994年3月号